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夢は誰が作っているのか

 単純な話、寝ていたら昨日夢を見た。

しかしその夢が普段の夢と少し違う種類に感じられたため、その話に少し触れようと思う。

海辺の街で何かしらの厄介なトラブルから自分が身を隠しているところからその夢はスタートした。
イギリスに見られるような曇り空の下には鎌倉のような海があり、自分はいくつかの荷物(小さなスーツケースまで持っていた)を持っているにもかかわらず、5階建くらいの建物の屋上に建物から脚を投げ出すような格好で座っているのだが、屋上だと思っていたその場所が実際は5階にある部屋のベランダ部分であったことに気づき、(追われているからか何かしらの理由で)そのベランダから鍵のかかっていなかったベッドルームにお邪魔してそこで荷物の整理をし始めたのだが、すぐ隣の部屋からは掃除機の音が聞こえてくるので、住人がいることはわかる。そしてやがて掃除機の音が止み、住人はこちらの部屋にやってきてしまう。これでは不法侵入になってしまうではないか。怪しまれても困るので冷静に振舞おう。そう努めて鉢合わせになった女性に挨拶をした。
 女性はキョトンとした顔を(当然そんなところに私がいるのは理解できないだろう)一瞬見せたが、向こうもこういった状況での最善は冷静さを失わないことだと感じたのか、挨拶をしかえしてきたのだが、今日書きたかったのは、そこからである;

「こんにちは」と言ったその掃除機を持った女性の傍(わき)からせいぜい4、5歳ほどの子供が男の子と女の子二人、なんだろうと思ったような表情でこちらを覗くためにひょこっと顔を出した。




そこまできたところで頭は眠りから起き始めたのか、この子供達の母との会話はまだしばらく続くのだが、一方で思考のコントロールを一部自分が夢を見ながらも取り戻した。(きっとこれを読んでくださっている方の中にも夢を見ながら意識はあった、という体験をしたことのある人はいらっしゃるだろう。)


その時私が回復する意識を使って考えていたことはこうである;


「一体誰が(何が/どこが)この話の展開を作り出しているのだろう??」






まず夢の中に

①追われている(?)

②身を隠す場所を発見する

というところまでは夢という世界が用意する土台としては言ってみればありがちな話だと言えるが、(と、夢を見ながら考えているのである)


③家には住人がいるらしい。掃除機の音が隣の部屋からする。

で具体性が生じ、主観的に「隣の部屋から掃除機の音がする」ということを発見していく実感が伴い始め、



④鉢合わせた女性に次いで、その女性の幼いこどもたちが母親のそばから顔を覗かせる

わけだが、この時確実に「どのような人間と鉢合わせになるのか」は主観的に発見していき、それは女性だけでなく、子供が一人、二人、であることをやはりリアルタイムで主観的に捉えた実感があるわけである。



人間は時に自分の作ったコーヒーや夕食に期待を裏切られたりすることもあるが、食べ物飲み物の出来上がりには先に想定というものがある。それは決まっている分量と、素材の持つ味が一定であるという前提の上に我々は料理をしたり、コーヒーを入れたりするからだ。

一方で自分の目で物語を追いかけながら楽しむ小説などは、始めからクライマックスまで、読者は物語を自分で読み進めはするが、驚かされることがあったりするのは他人が書いた物語であるためだ。



しかし自分で見る夢ほど不思議なものはない。

自分の頭の中で生じるにもかかわらず、夢の中での体験は事前に自分自身が下地を作ったり、準備することができない上に、極めて受動的に感じることができるからだ。




未だにそんなことを思いながら夢の仕組みを考えている。
いつもより少し 夜更かしをしながら。













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