劇場に舞台鑑賞に出かける、という習慣は21世紀の日本では、もはやほんの一部の人しかしないこととなってしまった。10年ほど前、まだ大学生だった時分に「神の見えざる手(で合っているはずだが)」という映画に関する新書を読んだ時、日本人は年間平均何回映画館に足を運んでいるか、という話が書いてあって、なんと1.2回(いってんにかい)だということで驚いた記憶がある。今ではオンデマンド系のサービスが広く普及していることもあり、その回数は0.9回くらいになってしまっているのではないだろうかというのは僕の勝手な想像である。
話を戻すと吉祥寺には吉祥寺シアターという劇場があり、まだ寒い時期、たまたま前を通りかかった際お手洗いをその劇場で借りた。その時劇作家平田オリザ氏の作品が6月に吉祥寺シアターにやってくるということを知ったので、機会があれば足を運んでみようと思っていたのだが、今日は偶然にも僕は朝鍵を会社に置いたまま外に仕事に出てしまい、妻が帰ってくる10時前まで自分の会社から締め出されることになってしまった。今うちの会社が入っている建物は修繕工事のために一階から屋上まで足場がかかっていて、まぁその足場からベランダまでは帰ることができたのだが、肝心な中にはどの窓からも入れず、しばらく足場から侵入したベランダで読み物をしたりして過ごしていたが、シートに覆われたベランダからの夕暮れ時の景色もそれほど良いわけではなく、4時間あまりの時間を過ごす自信がなかったので「そういえば平田オリザさんの舞台はそろそろ上演されているんではないか」と検索するとまさに上演中で、今日も18:30から当日券を販売するというのですぐさま劇場に向かった。
当日券を購入後、まだ開演まで1時間ほど時間があるということで、あてもなくブラブラと劇場の周りを歩いていると、吉祥寺シアターの敷地のベンチの一番端っこで、紳士的な長身で中年の外国人の男性が座って牛乳を飲んでいた。足元には大きな荷物があったが、それがすぐさま剣道の防具と竹刀のケースであることがわかった。グルグルと劇場の周りを散歩し終わってもまだ彼がそこにいたので自然と話し始めることになったのだが、なんでもその外国人は剣道をかれこれ20年も続けているらしく、どちらかというと、誰よりも日本人ぽい雰囲気を持った人物であった。
卵と鶏の議論のようだが、気品ある人間が剣道を選ぶのか、剣道が人間を気品高き者にしてくれるのか。解明するには至らないが、自分自身も子供の頃初段を取るまでは剣道の道場に通っていたため、あの背筋の伸びた、剣道少年、剣道少女のまとっている雰囲気が僕は好きだ。過度の主張はなく、謙虚で、傲慢さが見えない清々しさを彼らは好んでいる。
その外国人も言うのだが、最近は剣道の道場に通う子供の数は減ってきているのだという。けれどもそれは納得のいく話だ。なぜなら最近、「剣道をしているのかな」と思わせるような風格の若者には滅多に会わない。少し年寄り臭いことを言えば、外国人が憧れるようなことをしている日本人の数はどんどん減り、外国人に憧れて何かをしている日本人の数ばかりが増えている。そんな気がする。
剣道とともに歩んできた20年という年月は彼の佇まいに説得力を持たせていて、別れ際にはなんともあっぱれな気持ちになったのであった。
それでも、時代とともに参加者人口が減っていくものを愛するというのは寂しさを伴うものだ。
2017年6月26日(火)の世の中のニュース
安倍首相が体調を崩したという報道がなされる。
話を戻すと吉祥寺には吉祥寺シアターという劇場があり、まだ寒い時期、たまたま前を通りかかった際お手洗いをその劇場で借りた。その時劇作家平田オリザ氏の作品が6月に吉祥寺シアターにやってくるということを知ったので、機会があれば足を運んでみようと思っていたのだが、今日は偶然にも僕は朝鍵を会社に置いたまま外に仕事に出てしまい、妻が帰ってくる10時前まで自分の会社から締め出されることになってしまった。今うちの会社が入っている建物は修繕工事のために一階から屋上まで足場がかかっていて、まぁその足場からベランダまでは帰ることができたのだが、肝心な中にはどの窓からも入れず、しばらく足場から侵入したベランダで読み物をしたりして過ごしていたが、シートに覆われたベランダからの夕暮れ時の景色もそれほど良いわけではなく、4時間あまりの時間を過ごす自信がなかったので「そういえば平田オリザさんの舞台はそろそろ上演されているんではないか」と検索するとまさに上演中で、今日も18:30から当日券を販売するというのですぐさま劇場に向かった。
当日券を購入後、まだ開演まで1時間ほど時間があるということで、あてもなくブラブラと劇場の周りを歩いていると、吉祥寺シアターの敷地のベンチの一番端っこで、紳士的な長身で中年の外国人の男性が座って牛乳を飲んでいた。足元には大きな荷物があったが、それがすぐさま剣道の防具と竹刀のケースであることがわかった。グルグルと劇場の周りを散歩し終わってもまだ彼がそこにいたので自然と話し始めることになったのだが、なんでもその外国人は剣道をかれこれ20年も続けているらしく、どちらかというと、誰よりも日本人ぽい雰囲気を持った人物であった。
卵と鶏の議論のようだが、気品ある人間が剣道を選ぶのか、剣道が人間を気品高き者にしてくれるのか。解明するには至らないが、自分自身も子供の頃初段を取るまでは剣道の道場に通っていたため、あの背筋の伸びた、剣道少年、剣道少女のまとっている雰囲気が僕は好きだ。過度の主張はなく、謙虚で、傲慢さが見えない清々しさを彼らは好んでいる。
その外国人も言うのだが、最近は剣道の道場に通う子供の数は減ってきているのだという。けれどもそれは納得のいく話だ。なぜなら最近、「剣道をしているのかな」と思わせるような風格の若者には滅多に会わない。少し年寄り臭いことを言えば、外国人が憧れるようなことをしている日本人の数はどんどん減り、外国人に憧れて何かをしている日本人の数ばかりが増えている。そんな気がする。
剣道とともに歩んできた20年という年月は彼の佇まいに説得力を持たせていて、別れ際にはなんともあっぱれな気持ちになったのであった。
それでも、時代とともに参加者人口が減っていくものを愛するというのは寂しさを伴うものだ。
2017年6月26日(火)の世の中のニュース
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