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宴会の理想とは

 一番和気藹々と話ができる店とはどんな店だろう。

 仕事関係で焼肉に招待してもらう機会が年に何度かあり、美味しいし嬉しい。
しかし自前の会議兼お疲れ様会的宴会を開くにはどういったところが理想的か、これが迷いどころだ。

 20代の前半で仕事の人にラーメンに連れて行ってもらったことがある。僕はアメリカから帰って来たばっかりだったので色々料理について知らないことが多く、「家系」と言われるラーメンを一度食べてみたいと言って、深夜にご馳走になった。その時「25歳を過ぎるとこんなもの食べられなくなるから」と食欲のピークを予見されたのだが不思議と30手前くらいまで食欲は20代の間中特に変化はなかったように実感している。

が、最近仕事の若い人間を連れてビュッフェに行った。
まぁ食べたいだけ食べながら、ゆっくり仕事の話でもしよう、というつもりだったのだが結構一気に満腹になり自分としては内心「あぁ、食べ放題たるもの終わりけり」と思って先日勝手にビュッフェの現役を引退した。悔いはない。

 焼肉は大勢で入るには非常に理にかなった食で、アイデアとしては(あるいは文化として)本当にすごいと思う。いわば材料を運んでくるだけで、「あとはあなた方で好きに」というスタンスなのだから、30人で行こうが席さえ用意すれば店側は飲み物のオーダーと網の交換くらいの面倒を見るだけだろう。ただ個人的にあぁいった席は焼かなくてはいけないから少し神経をそちらに使っている。話しながら、自分がひっくり返すべきかとか誰にこの肉を渡そうかと考えているからワイワイやることにベストな食であって、話し込む向きではない気がする。

 では上品な(というか高級な)焼肉店になればどうだろう、と横道を考えるが、やはりやってみて思うのはあれはただ単に満腹になるスピードが早いので高級なランチと化す。1時間以上そこにいるには食べたいものがなくなってしまうのだ。1時間では話もろくにできない。お昼休みに出かけているくらいの感覚だ。だから「高級なランチ」レベルなのである。



  結論的には今のところ個人経営の居酒屋が少人数にはベストだなとつくづく思う。
 とは言えチェーン店では少しよろしくない。参加者の中に「うちの会社はケチって安いところにしたのか?」と考える人間が出てきてしまう可能性を残してしまうからだ。その上別に安いわけでもないのだから支払うこちらとしてはなんだか寂しい。そこで我々は我が社だけの集まりでは居酒屋に世話になることが多い。さすがに30人で押しかけたら迷惑だろうが、うちは少ない人数でやっているのでテーブル席が一つあれば全員着席できる。
 個人のお店はいくら繁盛しようがスタッフは余るほど置かないし、マスターが1人ないし2人で厨房に立っていることが多いと思うが、いろんな客がいろいろ注文する中こちらも注文するので料理が来るのは決して早くはない。しかし一品ずつでも違うものを頼み、運ばれてきたものをつまみながら話し込んでいると2時間以上心置きなく話ができ、最後はみんなが美味しかった、となる。家に着いた人間が「着きました。今日はごちそうさまでした。ゆっくり話せたし、料理も美味しかったですね」なんてメールを送ってくると、こちらもみんなにとって良い時間になってよかったと嬉しい気持ちになるのである。
 そんなわけでしばらく我が社は毎月忙しかったとしても、居酒屋に集まる時間を作りたいなと考えている。







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